21世紀の日本

21世紀の日本人の生き方(ダイジェスト版)

-本質追求からの考察と提言-

1 なぜ不安なのか、どうすればよいか

政治と経済の行き詰まり、人口・食糧問題と気候変動、不況、東アジア等の不穏な国際情勢、 

「カネがすべて病」に罹った人々と社会、等々で日本のみならず、世界が迷走を続けている。

孔子の論語に、「民に 信無ければ 立たず」の有名な結語で終わる教えがある。

国には「信」=信頼、「食」=食糧・生活、「兵」=軍隊、の順に重要であり、

最も大切な「信」がなければ国家そのものが成立し得ないと説いているが、今、

「信」が失われ、「食」の不安が増し、「兵」(安全保障)に影が差している。


国民が政(祭事)を託した政治家・官僚など『上位者』の犯罪や欺瞞が際限なく繰り返され、

国の『上位者』を信じなくなった民が矜持を捨てて、人の道より損得を選択してしまい、 

主婦も、若者も、子どもまでもが、何を信じればよいのか分からなくなった。

人類が築いた文明は人を支えることができたか、科学・経済・宗教は人を幸せにできたのか、

迷った時は、分岐点まで戻ってみるのが正しい対処法で、20世紀の検証を行ってみた。


2 20世紀の総括と21世紀の課題

20世紀は、文明の進歩で食糧が行きわたり、『人口爆発』=現生人類の異常繁殖が起こった。

世 界人口は一気に4倍に膨らみ、約70億の内の8億人が飢えているが、さらに人口膨張は続き、今世紀末に100億を超すとの予測もあり、食糧不足が一層深刻 になるのは明白だが、生物にとって飢えほど怖いものはなく、食糧に絡む暴発や核戦争などで人類の存続が脅かされる場面もあり得る。


20 世紀末から21世紀初頭にかけて宇宙・物質・生命の解明が急速に進み、遺伝子解析によって『生物はみな、祖先を同じにする兄弟』、即ち「人類は進化の中で 誕生した」という進化論が、疑いようのない事実として証明された。それは、世界に広く影響を及ぼしているキリスト教の教え、

「神は御自分にかたどって人を創造された。・・・神は彼らを祝福して言われた。・・・『海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物すべてを支配せよ』・・・」(創世記)の対極にあり、人は神に造られた特別な存在ではないと断定したものである。


太 古以来、生物を媒介した窒素循環・炭素循環等で地球環境が維持されてきたが、人類が作り出す構造物と廃棄物で地球の受容・処理能力が限界に達し、プラス チックや瓦礫の捨て場がなく、CO2も許容限度一杯で、人工のモノをこれ以上増やしたら間違いなく我々の子孫にツケが回る。

これからは余分なモノは作らずに、自然の循環システムが処理できる範囲でモノを作り、それを有効に活用して生活を営むしか人類が生き残る方法がないことに気づくべきである


人類は、ひたすら求め続けてきた食糧、便利な道具、安心できる生活、を手中に入れかけた処で、人口食糧問題・温暖化・環境悪化・絶滅する生物種の急増、という事態に直面し、一歩一歩存続の瀬戸際に向かっているとの警告を受けて、生き方の本質的な転換を迫られている。


3 この国をどのように立て直し、どのように生きればよいか

日 本はこれからの100年間で100年前(明治時代)の人口まで減り続けると見られ、2050年には現在の75%の9500万人・現役世代(20~60歳) は60%の4700万人になると予測され、2100年にはさらにその半分になるという、人類が初めて経験する凄まじい人口収縮・超高齢社会に突入した。

人口減少と年齢構成急変は、国や社会を大きく変えるだけでなく、人々の生き方の転換を迫るもので、これからは、人口動態を考えずに政治・経済・生活を考えることは危険である。


既に始まっていることだが、20世紀に造った道路・橋・ダム・建物の耐用年数が許容限度を超え、補修や解体に追われて財政が圧迫され、処分できなくなった残骸が景観や環境を破壊する。

早期に公共投資を削減して道路・橋・ダム・ハコモノ建造は最小限に留めて、廃棄物やCO2をこれ以上排出しないようにすること等、人口収縮を社会形成に織り込むべきである。


子 どもや若者の学力と気力の低下が顕著で、活力縮減が進む日本が、工業品の輸出や内需で経済が再建できると考えるのは幻想であり、既に起こっているように、 工場での生産は、競争力のある東アジアなどの新興国が主流となり、モノが余っているのに充足感が得られない日本では内需も期待できないことを悟らなければ ならない。 日本が進むべき産業の方向は、人員と技術を、これから人類が生き残るために不可欠な分野に傾注して、その技術を世界に普及させることである。


そ の一つが、長期使用できる線路・道路・ダム・橋梁・ビル・住宅等の材料や加工等の開発や、高度耐久性構造物の形成技術、木や竹等の自然材料の強度・耐久性 向上技術の開発などによって、資源節約と環境負荷軽減を図るとともに、分子生物学の応用による先端産業(医療・環境再生・農林漁業)、太陽エネルギー発 電、淡水製造と輸送プラント、などの分野に絞った特化技術の育成に力を注ぎ、これらの技術を新商材として普及し、輸出することが経済再生のカギとなる。


もう一つの課題が、2025年には世界人口が80億になり、現在8億と言われる飢餓人口は、20億(4人に1人)に上ると予測される状況において、国を挙げて食糧増産を進めることである。

気 候変動や東アジア地域工業化は、環境悪化などで食糧生産に影響を及ぼし、農業・畜産において進められている農薬や抗生物質の過度な投与による単収アップ策 は、土壌劣化や、強力な狂牛病や鳥インフルエンザの発生を誘発する等の事態が想定され、食品の安全面・量的面に打撃を与えて獲得競争が激化する可能性が高 い。

食糧増産は自然の力を無理なく活用することによってのみ可能であり、農林水産物はきれいな空気・土地・水によって、安全で品質の高い ものが生産されるもので、環境整備で農林漁業を健全な状態に立て直し、食糧の自給を果たした上で、輸出に転じる施策と技術開発を急ぐ必要がある。


さ らに、もう一つ、これが最も大切なことだが、日本を支配してきた経済至上・競争社会を見直し、『カネがすべて病』から脱して『自制・謙虚・思いやり』を心 がけ、互いに助け合って生きる社会を構築し、均斉のとれた産業と、Capacityの大きい食糧供給力を備え、地道な努力で周辺国との関係改善を図り、世 界の人々から信頼される日本を目指すことが望まれる。


4 日本が目指すべき動物性食糧を初めとする農林水産物供給

FAO は2005年食糧生産(穀物20億トン、食肉・卵3.2億トン、魚介類1.2億トン)に鑑みて、畜産用穀物飼料は人間の食糧と競合するため、動物性食糧増 産は海の生産力に頼らざるを得ないとしていたが、先進国の肉食嗜好で肉・卵生産量が伸び続けており、その結果、食用に回るべき穀類が飼料に供されて貧困な 国や地域の飢餓を招いており、穀物を人間の主食に回し、動物性食糧は魚介類の増産によって不足地域に供給することが求められている。


世界の人に主食用穀物を行き渡らせた上で、1人当たり50kg/年の動物性食糧を供給するには、

飢 餓に喘ぐ8億人に対して4,000万トンの魚介類増産を必要とし、増え続ける約8,000万人分として400万トンずつ増産を続ける必要があるが、それに はEEZの面積が広い(順に)米・仏・豪・露・加・日・ニュージーランド等が積極的に海の力を引き出して魚介類を増産することが不可欠である。

中でも、とりわけ豊かでEEZ面積が世界6位という広大な海と、高度な漁業技術を持つ日本が役割を担うべきであるが、それは以下のように可能性が高い事業で、永続性のある産業となる。


中 国は、緻密な農業政策と、日本の僅か2割の広さのEEZで資源培養を図り、内水面を活用して、25年間で生産量を20倍に伸長させ、07年に日本の10倍 の生産量5600万トン(EEZ単位面積当たり生産量は日本の30倍)を実現して、至上命題の国民13億の食糧自給をほぼ達成した。


日 本は、34,000種の生物が存在する世界一の生物多様性を有する肥沃な海を持ちながら、開発至上政策と貧困な漁業政策で、これでもか、これでもか、海を 傷つけ、生産量を減らし続けてきたが、この辺で方向転換して、漁業を飛躍的に伸長させた中国に倣って、海が持つ潜在能力を引き出すことができれば、中国と 肩を並べることも可能で、その実現で人類の食糧危機を救うことができる。


目安として、日本が、EEZの面積当たり生産量を『中国 の1/3まで』に引上げることができると、生産量は現状の10倍の5500万トンとなり、生産額は現状の6~8倍の15~20兆円となって、農業と畜産業 を合計した粗生産額の2倍近い規模となる。(簡単ではないが実現性が高い数値である)

その内5000万トンが魚介類、500万トンが海藻 とすると、国内で消費される800~1000万トン以外の魚介類余剰分約4000万トンは、飢餓・栄養不足状態の約8億人に対して、1人50kg/年の動 物性食糧(FAO試算の1人当たり摂取量)として供給する(輸出)ことができる。

その場合の魚介類輸出は、平均単価30万円/トン(水産 物輸入平均単価約50万円/トンの6割 )とすると輸出額12兆円で、これに海藻400万トン・単価25万円/トン(生換算)を輸出すると、水産物輸出額合計は約13兆円で、2009年輸出総額 54兆円の24%に相当する一大産業となる


きれいな空気・土地・水によって、安全で品質の高い食糧を生産できる条件を備えている 日本は、農材漁業を育成し、生活の要である食糧と、木材などの再生産可能なエネルギー・材料の増産を進めて気候変動や化石燃料枯渇に対応できる『食糧・エ ネルギー安全保障』確立を急ぐべきである。

それが、日本を自立国家に再生させるとともに、人類存続に貢献するのである。


5 「生きる」ということ

「The Road(道)」という映画が好評である。

何らかの異変で地球が破滅的な惨禍を受け、太陽が出ず気温が下がり、食糧が枯渇し、人間同士が殺し合って相手の肉を食べないと生きられないという極限世界で、人肉を食べることを拒んだ父が、幼い息子とともに南に向けて歩き続けるストーリーである。

この映画に魅かれるのは、例え明日、絶望的な場面が訪れようとも、人としての矜持を捨てずに、我が子を守るために、今日を生き抜こうと希望を持ち続ける父親の姿である。


終末的大災害は、巨大な天体落下物か、核戦争か、気候変動によって起こると想定される。

1908年(明治41年)にシベリアで起きた『ツングースカ大爆発』は隕石か彗星によるものと見られ、広島型原爆数千発分の破壊力と推定され、壊滅した針葉樹林帯はおよそ東京都の面積ほどで、爆発地点を中心にして木々が放射状になぎ倒されていた。

それが隕石の場合は、直径50~100mクラスと推定され、地球に数百年に一度落ちる確率と言われるが、もし現在の東京に落ちれば数百万人に被害が出て地獄絵のような惨状を呈するだろう。


だが、地球上ではツングースカ大爆発の、数百万倍のエネルギーによる被害実例がある。 

約6500万年前にユカタン半島に落下して地球大異変を起こし、数千万年もの永い間に進化を遂げて繁栄していた恐竜を絶滅させたと言われる直径15kmの巨大隕石(小惑星)衝突である。

その影響は地球全体に及び、超高温の熱と想像を絶する衝突の衝撃による破壊に加えて、高さが、実に、1,000mに及んだと推定されるケタ違いの巨大津波が地球全域を襲ったと見られている。


ユ カタン半島級の小惑星が地球に衝突する確率は、数千万年に一度とされるが、その巨大隕石が、宇宙から見てほんの僅かな隙間ほどの地球と月の間を、1990 年代に4ケも通り抜けて行ったという米国軍事監視衛星の観測記録があり、それが、いつ地球に衝突しても不思議ではなく、明日にでも、いや今日にも起こり得 る。


それどころか宇宙では、その数億倍から数兆倍のエネルギーの大爆発も、しばしば起きている。

「水の星」地球があるのも、人類が存在するのも、偶然の、偶然の、偶然の、その又偶然の、

積み重ねが生んだ奇跡である。

人はいつ死ぬか分からない。

生まれてからずっと、死に向かって進んでいるのであり、その日は、遠からず、確実にくる。 

宇宙のスケールから見れば、マッチ1本の火にも及ばないが、小さくて、ごく短い一生だから、

明日がどうなろうと、誰かのために、自分を信じて、矜持を保って精一杯生きることが、

『神』あるいは『 Something Great 』に適うのでないだろうか。 

そのように、真剣に生きようとすることが、幸せにつながるのではないだろうか。
 

以上