コラム

10.魚の味:海は先日まで魚でいっぱいだった

2009年06月23日

    作詞家なかにし礼の自伝的小説「兄弟」で、特攻帰りの破滅的な兄がニシン漁の経営に失敗し、死んだ時に「兄さん死んでくれてありがとう」とつぶやく場面があります。

    「オンボロロ~」の「石狩挽歌」は、「赤い筒袖のヤン衆」「番屋」「問い刺網」などの強い描写と、「漁場(ぎょば)」の仕事に明け暮れた女性の人生を通じて過去を際立たせ、ニシンが来なくなった寂しさを見事に描いています。(超一流はスゴイと思います)

    私は、父親が東京日本橋で開いていた問屋の倒産で1955年11才の時に館山に引っ越し、海らしい海と魚らしい魚に出会うことができましたが、倒産がなかったら魚を追いかけることもなかった筈で、「父さん倒産してくれてありがとう」という心境です。

    魚を追いかけるのに夢中で、休みの度に「オンボロロ~」アパートの小2のチビを含むガキ7~8人で、ゾロゾロと蟹田川沿いの小道を下り、浅瀬を渡って自衛 隊の滑走路脇の畑に寄ってサツマイモ・トウモロコシ・キュウリ等を「調達」してから、滑走路を囲う護岸から砂の道でつながっていた「沖の島」に向かいまし た。

    当時、中・高生が大人の日雇い日当以上に稼げるほど獲れたもので、一回30秒ほどの潜水でサザエを3~4ケかき集めることも、2時間位の間に深さ1mほど の岩場でゴロタ石の下を覗いて、手製のゴム付き銛でカサゴやメバル10尾ほど突くことも、そう珍しいことではなく、ビクを獲物で一杯にして樫の柄の銛で担 いで帰ったこともありました。

    素潜りで、サザエ、トコブシ、アワビ、カサゴ、メバル、タカノハダイ、ブダイ、ハタ、ニザダイ、ハコフグ、イサギ、イシダイ、ヒラメ、イシナギ、ワタリガ ニ、イセエビ、マダコが獲れ、簡単な道具で釣をすればアジ、サバ、キスが入れ食いで、梅雨や台風で増水した川では、今は稀少になった天然ウナギが5~6匹 ほど釣れました。

    似たような光景は日本のどこでも見られたものですが、歴史の上ではつい先日のことであり、「ノスタルジア」「昔話」とせずに、よい時代の再現を図るべきと思います。

    最近、石狩湾周辺などでニシンが戻りつつあります。 北海道の「日本海ニシン資源増大プロジェクト」による放流等の成果ですが、最盛期に100万トン以上の水揚げをみたサハリン系群の激減は環境変化が最大の 要因と推測されており、本格的な資源回復のための沿岸域の総合的な環境改善と資源培養策のさらなる推進が望まれます。

    中国が日本の1/5しかない経済水域でコンブ養殖による資源培養、貝類による水質浄化、魚介類無給餌養殖を実現して、僅か25年で漁業・養殖生産量を10 倍(5000万トン台)に伸長させたように、抜本的な手を打てば海の許容力と回復力で恒常的・継続的な恩恵に与ることができますが、このように投資対効果 が有利な事業は他になく、緊急課題である食糧自給に向けて、国の最優先事業として取組むことが求められます。

(続きます)

 

カテゴリ:魚の味