コラム

2.「生きることの本質」4回連載 (第2回)

2012年09月22日

2ヒトの思考様式
このように、ヒトには、弱く、愚かな面と、強く、気高い面が共存している。
魚のように海を渡り、鳥のように空を飛びたいと願って作り出した船や航空機も、人類を救う筈の核エネルギーも、人を大量に殺す武器として利用されてしまった。科学の進歩は必ずしも人類を幸せにするとは限らず、ヒトが幸せになれるかどうかは、心のあり方で決まる。

①「沈黙」の神
切支丹弾圧の江戸時代の、神をテーマにした、遠藤周作の「沈黙」に、主人公のポルトガル人司祭ロドリゴに棄教を迫る長崎奉行に、司祭が棄教を拒んだために3人の信徒が海に突き落とされる場面がある。司祭が神に助けを求めて祈るが、神は沈黙を守り続け、3人は波間に消える。
尚 も続く信徒への拷問に耐えられなくなった司祭は、信徒の命乞いをして踏み絵を踏むこと、即ち信仰を捨てる決心をする。多くの信徒に踏まれてすり減った踏み 絵の痩せたイエスの顔を見た時、その眼が「踏むがよい、お前たちに踏まれるために私は存在しているのだから」と語りかける。
この場面は読む人によって解釈が異なるようであるが、私は、その人の心が救われるなら、神に対する見方や聖書の解釈が異なっても、それでよいのではないか、と考えている。



②聖書と科学
聖書の創世紀1章27節「神は御自分にかたどって人を創造された。神にか たどって創造された」に続く「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物すべて支配せよ」という記述には「人類は世の 頂点にあって地球や生物を自由にできる」という、当時の世界観が表現されているが、現代のヒトの思考様式は、それと殆んど変わっていないようである。
一方、科学における、進化論は聖書のその箇所を否定しており、最新の遺伝子解析からの『生物はみな祖先を同じにする兄弟』であるという事実も、聖書の前記記述と相反している。



③人類への警鐘
今、人口爆発と自然破壊が恐ろしい程の勢いで急速に進んでいるが、そのような状況は「繁栄した生物が破滅する時に見られる終末的な姿である」という指摘がある。
立花 隆は、著書『エコロジー的思考のすすめ』で「人類は進歩と繁栄を謳歌しながら、滅亡の縁に向かって行進しつつある。・・・あるいは、まだ、望みが残されているのかもしれない。
もし望みがあるとして、その唯一の手がかりは、人類がこれまで金科玉条としてきた思考様式
の変革にある。生態学は、人類に精神的な革命を要求している。価値体系の転換を要求している。この革命を通過することなしに、人類の未来はない。
」と警鐘を鳴らしている。

星野道夫は、アラスカに住み、移動するカリブーの気が遠くなるほどの長い群や、寒風に耐えて花を咲かせるワスレナグサ:Forget  me  not!などの生物を見つめ続けて、壮大な自然の中の生命の愛しさを、息をのむような写真と珠玉の文に遺して逝った。その本の中に次の1節がある。
「脆さの中で私たちは生きているということ、言いかえれば、ある限界の中で人間は生かされているのだということを、ともすると忘れがちのような気がします」 彼は、生命というものが、実に脆いもので、だから、どんな生命も大切にしなければならないという、生きることの本質と、人類は、生かされているということを教えてくれた真の伝道者だったと、思えてならない。

(続く)

カテゴリ:生きることの本質