コラム

1.「生きることの本質」4回連載 (第1回)

2012年09月22日

1 歴史の通過点で

①コーカソイドの専横
イエ スキリスト誕生から現在までの2千年は、コーカソイド:ヨーロッパ系白人の諸国が、キリスト教と、一早く手に入れた武力を背景に世界に君臨し、モンゴロイ ド:黄色人種やネグロイド:黒人の土地を奪い、搾取し、奴隷で使う等の専横を続けてきた歴史であり、今は、「グローバル化」という、先進国の都合による経 済戦争を進めているために、後発国や他宗教を信じる民族との間で格差が広がり、不信や憎悪の連鎖が続いている。
日本では、江戸末期に黒船が現れ、 欧米列強の侵略を怖れ、幕府の周章狼狽ぶりを見た長州と薩摩が手を結び、クーデターで幕府を倒して近代化を進め、国力増強に不可欠な資源を求めて大陸に進 出して列強と衝突して第2次大戦が始まり、その終わりは、市街地無差別空襲、米軍による沖縄侵攻、広島と長崎で21万人余を殺した原爆による止めで、この 世に次々と地獄が繰り広げられた。


②空襲・原爆・命の継承
私の満2歳の誕生日直前の、1945年3月10日の東京大空襲は、下町一帯を容赦なく焼き尽した。逃げ場を失った無数の焼け焦げた遺体が、折り重なって隅田川を漂った。
この時、埼玉県から牛に荷車を引かせて1昼夜かけて迎えに来てくれた祖父のお陰で、間一髪で、母と5歳の兄と私がごった返す東京を抜け出すことができた。 
私はこれ以外に、海の遊びや潜水の仕事で、あわやのピンチを紙一重で逃れたことが何度かあるが、助かったのは、運命、又は、Something Great:何か偉大なもの、の支配によると思っている。      
東 京から遙か西の下関では6月29日と7月2日の大空襲で市内全域が焼け野原になり、8月9日の長崎原爆は、当日の小倉上空の天候悪化で急遽変更されたもの で、小倉に投下されたら下関も被害を免れず、それらの被災で当地に居たカミサンの母親が死んだら・・・。或いは、激戦の中国戦線に加わっていた父親が死ん でいたら、カミサンは生まれていない。
私か、カミサンのどちらかが居なかったら、私達の子どもや孫は存在せず、私達の両親、その親、その祖先が、一人も途切れることなく続いたお蔭で、命が繋がっていることに気付かされる。


③アウシュビッツの奇跡
ポーランド南部のアウシュビッツで、ホロコーストを奇跡的に生き延びて「夜と霧」を書いた精神
科医ヴィクトールフランクルは、絶望的状況下で、仲間の心が破綻しないように、夕日や草花など、1日の出来事で感動したことや美しいと感じた些細なことを密かに話合う時を持ち続けた。
しかし、フランクルは、ドイツの降伏で解放された時に両親と妻が収容所で既に死んでいたことを知らされる。その後、収容所での人間の行動を検証して多くの書籍を残し、「与えられた運命」に対して、どのように生きるかによって、その人の真価が決まる、と述べている。

アウシュビッツでは、もう一つの奇跡が起きている。
脱 走のみせしめに、10人に飢え死の刑罰が言い渡され、一人が命乞いをした時に、身代りを名乗り出たコルベ神父である。 餓死刑は、苦しむ人が壁をかきむ しった跡が残るような残酷なものだが、神父は悠然とした態度で苦難に耐え、それに倣った他の9人も、最後まで、祈りを捧げ、讃美歌を歌って平静な心を保 ち、ナチスを驚かせたという記録が残っている。

(続く)

カテゴリ:生きることの本質