コラム

30.私の時代認識12

2010年06月03日

〔戦後処理で失ったもの〕

 極東国際軍事裁判は、戦勝国が敗戦国を一方的に裁いたこと、JHQ最高司令官マッカーサーの統治上の 意向で天皇の訴追が回避されたこと、統帥権を利用して作戦を決めた軍令部将校が訴追を免れた点、連合国軍の市街地空襲と原爆投下が裁判の対象から外された 点、において国際法上疑義ありと有識者が指摘していますが、国民感情としても同様な見方になると思います。

 

 A級 戦犯(戦争指導)約200名の内、東京裁判では起訴28名中、病死等を除く25名が有罪(絞首刑7名、終身刑16名、有期禁錮刑2名)となり、主としてア ジア各地で行われたA級・B級(通例の戦争犯罪)・C級戦犯(人道上の犯罪)は殆どのケースで弁明の機会すら与えられずに判決が出され、合計1000人以 上が処刑されました。

 

 罪を犯した政治家・軍人・官僚の多くが刑を免れており、それが「うまく立ち回らなければ損する」「誰も見ていなければ逃げ切れる」という戦後社会の不公正な風潮を生み、政治家や官僚の犯罪につながっていったものと推測されます。

 

  半面、無実であるのに外地住民や兵士の誤解・捏造・復讐心、あるいは日本兵による密告等で、処刑又は殺害された人が多かったと見られ、沖縄戦での惨禍・市 街地空襲・広島長崎の原爆投下、シベリア抑留についての国の救済と相手国への責任追求がなされず、戦争=日本史上最大の事件の総括が不本意なまま決着が図 られ、日本人の心の底に滓のように溜まっていました。

 

 又、これまで、天皇の戦争責任を論ずるのを避けてきたことも尾を引いてきたと思います。

  昭和天皇がマッカーサーとの会見時に「政治、軍事の全責任は私にあり、私自身を連合国に委ねる」と伝えたとされておりますが、それが事実と判明すれば、戦 争で亡くなった人、傷病を負った人、それらの家族・知人・恋人、様々な被害者にとって幾何かの救いになるものと思われます。

 

  連合軍の猛攻撃の盾となり捨石となり、基地を押し付けられた沖縄の人々、戦闘や飢え・病気で亡くなった戦地の兵士や民間人、敵艦に体当たりした若き特攻隊 員、市街地空襲や原爆で亡くなり傷ついた無辜の人たち、外地から帰還中に命を落とした人や置いて行かれた残留孤児、理不尽なシベリア抑留で無念の死を遂げ た人、そして日本の軍隊に殺戮された外国の人々、憲兵や特高などの被害にあった民間人、等々の『犠牲』の上で、この国が現在の形で存続でき、私たちが生き ていられることに、もう一度思いを致すべきでしょう。

 

 

 私たちにできることは、二度と戦争を繰り返さないことであり、歴史を振り返り、犠牲になられた人々に対する悼みと、外地で厳しい状況下にあった日本人を助けてくれた人々に感謝の気持を忘れないことが最低限の務めだと思います。

 

〔政治家・官僚の犯罪・不正で失ったもの〕

(昭和電工事件)

  終戦から僅か2年後に、芦田首相・西尾副総理・福田赳夫主計局長らが昭和電工の工作資金を受取り、翌年起訴されて内閣総辞職に追い込まれましたが、58年 の東京高裁で「金の授受は認められるが賄賂とは認識していなかった」という理解しがたい論拠で無罪となり、逃げ切っています。

 

(造船疑獄)

 1954年、山下汽船社長・日立造船社長らの逮捕に続いて、政治家・官僚・企業絡みの不正融資に関わる贈収賄事件で大量70名が逮捕されましたが、本命の佐藤栄作自由党幹事長・池田勇人政調会長が逮捕寸前の指揮権発動で逮捕を免れ、戦後政治の一大汚点となりました。

 

 池田勇人・佐藤栄作・福田赳夫の三氏は、自民党総裁・総理になりましたが、戦後間もないこの二つの事件が『逃げ得』という風潮を一層強めて社会を汚染して行きました。

 

(ロッキード事件、その後の政治家の犯罪)

 1970年代にロッキード社のトライスター売込み工作が、米・オランダ・メキシコ・日本などで政財界を巻き込んで行われ、現職のニクソン大統領が関与していた実態もありました。

  田中角栄元首相・橋本元運輸相、佐藤政務次官が受託収賄等で逮捕され、全日空・丸紅の贈賄と権力闘争、政商や右翼が絡む『総理の犯罪』が明らかになり、国 民の期待を担った『今太閤』も、老練・気鋭の政治家も一流企業も全く信用できない存在だったことを思い知らされました。

 

 さらに、1988年リクルート、92年東京佐川急便事件、93年の自民党元総裁金丸 信の脱税など、政治家のカネ絡みの事件がこれでもか、これでもかと続き、政治家の犯罪が常態化しました。

 

(官僚・警察の犯罪や不正)

 日本の官僚に対する国民の信頼は厚いものがありました。 それは、武士の『死を以て責任を取る』意識が維新後に継承され、官僚に強い自制心があったためと考えられます。

 ところが、近代化とともに国力をつけると、軍部という日本史上最悪の官僚が天皇の統帥権を背景にして台頭し、自制心は狂気のファシズムに変わって戦争に突き進みました。

 

 戦後、政治家の犯罪が次々に起こると、暫く鳴りを潜めていた官僚が、今度は私利・私欲(表向きは国家と国民のため)でカネを目的とした犯罪を引き起こしています。

 政治家や官僚は日本人の中でも優秀な人たちですが、自制心だけでは己を律することができないようで、人間は誰も非常に脆い気持を持っていることが分かります。

 

  96年に厚生事務次官収賄、98年に大蔵省接待汚職が起り、薬害エイズ事件とB型肝炎では、病気を喰いとめるべき厚生省が患者を増やしていた実態、 2004年発覚の個人情報漏洩をキッカケに、社会保険庁のずさんな年金管理と不正、労組ヤミ専従が明るみに出され「人間はここまで無責任で卑怯なことがで きるのか」という問いを突き付け、高齢者は無論、国民全体を不安にさせました。

 

  又、市民を守る筈の現職警官の婦女暴行殺人や、県警の裏金問題なども許し難い事件です。

  政府・官僚機構・警察組織の権力は絶大で、それだけに絶対に許せない気持と人間不信が募り、人によっては「それならこっちも・・・」という『不正の正当化』につながります。

 

  人間は誰でも「楽をしたい。カネを手にしたい」という本心があり、監視がなければ業務をサボり、政治家や官僚は税金を勝手に使いたいという欲望があるものと考えておく必要があります。

 

  現場で仕事をする公務員には使命感がありますが、その上司は国民ではなく上位者の方を見て仕事をし、自分を守ってくれる存在に忠誠を誓う習性があります。それは企業でも同じ構図です。

 

  民主党の事業仕分で官僚に対する監視機能が働くようになりつつありますが、政治家と官僚を監視するには、公務員制度改革と並行して情報公開制度を推進するとともに、不正を行った政治家や官僚の上位者ほど厳しく罰する法律を作ることが公正な社会形成に不可欠です。

 

〔経済優先の社会で失ったもの〕

  『世相と犯罪データ』を見ると、社会秩序が破壊して生活が苦しかった終戦直後より、秩序が回復してモノが豊かになるにつれて重大犯罪が増えており、凶悪事件や短略的犯行が目立ちます。

 

  『犯罪白書』によると、生活苦による高齢者の犯罪と女性の万引きが増加しています。

  小中学生のイジメが横行し、自殺者は毎年3万人を超えていますが、カネ優先社会=比較社会⇒『自分さえよければ症候群』社会の歪が犯罪や自殺を生んでいると思われます。

 

  カネ優先社会でもスポーツは実力の世界の筈でしたが、プロ野球の盟主的存在の巨人が姑息な手段で江川を獲得しようとした『空白の一日』で長年の巨人ファンがシラケてしまい、制度を捻じ曲げて他球団のエースや四番をカネでかき集めるやり方がフアン離れを起しました。

  『自分さえよければ症候群』に染まった球団、そのような社会全体に対する強い抗議の表れと見るべきです。

 

  18世紀に起こった産業革命は、機械化による大量生産を促進させ、19世紀は戦力を強めた国が製品と産物を売りつけるための植民地獲得競争が起こり、20 世紀はその延長で2度の世界大戦に突入し、戦後は大量消費を煽って経済・輸出戦争を繰り広げた結果、世界的な経済不況と温暖化を招き、幸せを感じることが できないのが、この250年の資本主義の歴史です。

 

 モノが溢れ、情報が錯綜する現代は人生観・価値観がブレるた め不安に陥りやすく、『確たる何か』を求めています。昨日、鳩山首相が「本質」と「主流」を見分けらないまま辞任しましたが、小沢一郎氏のカネにまつわる ウサン臭さと、自民党時代から引きずっている古い体質を国民が感じ取って、不信任を突きつけたのが真因だと思われます。

 

 今、どうすれば悔いのない人生、幸せな人生を送ることができるか、かけがえのない地球や国を子や孫にキチンと引き継ぐにはどうすれば良いか、という本質が問われています(続きます)。

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