コラム

24.私の時代認識6

2010年02月22日

【ヨーロッパの成熟】

 高校の時に見た西部劇の最高傑作と言われた「駅馬車」には駅馬車を疾駆する馬で追うインディアン(先住民)が白人に撃たれるシーンや、駅馬車がピンチに なると、騎兵隊が助けに来てインディアンを蹴散らすシーンがありましたが、愚かなことに私は、それを喜んで見ていました。

 

 今は、先住民を迫害した白人が自らを正義として描いた映画が制作されたことが不思議で、米国の白人の思い上がりを感じます。この映画は社会的に問題ありとして現在上映が禁止されています。

 

 ほぼ同時期のイタリア映画には「道(ジェルソミーナ)」や「鉄道員」などの珠玉の作品があり、何度見ても新鮮で、50年以上前に公開されたにも拘わらず現代でも通用する映画で、人生の価値を問い、ヒトの生き方を考えさせる、まさに秀品です。

 

 粗野な大道芸人ザンバノに個性派アンソニークイン、知的障害のある童女のようなジェルソミーナにジェリアッタ・マシーナという、これ以上の適役はないと いうほどの適役で、ジェルソミーナのひたむきな心と、年老いたザンバノが味わう孤独と初めて気づいた愛・・・が高校生の私に理解できたのかどうか疑問です が、涙があふれて困ったことが思い出されます。

 

 1960年の仏映画「太陽がいっぱい」は、鮮烈な太陽の下での貧乏な若者(アランドロン)の犯罪が淡々と描かれ、カネとヨットと彼女を略奪して勝ち誇っ た若者の表情と、事件を追う刑事の前に上架するヨットにロープが絡んで上がってくる死体のラストシーンの対比が衝撃的でした。

 

 52年「禁じられた遊び」は同じルネ・クレマン監督・脚本で、戦時中の南フランスの田園地帯、独軍の空襲で両親と犬を殺された幼い少女ポーレットと友達 になったミシェル少年が、墓を作って犬の死骸を埋め、次第に様々な動物や昆虫の墓を作り、そこに立てる十字架を盗みます。

 

 二人で懸命に穴を掘り、モグラの死骸を犬と一緒に埋め、ミシェルが教会の司祭から習った「・・・彼を天国に迎えたまえ」と祈りを捧げ、ポーレットがミ シェルを真似て十字を切りながら土をかけるシーン、最後に孤児院に送られる途中で「ミシェル」の名を叫んで雑踏に走るポーレットの姿、あのギターの名曲 「禁じられた遊び」が哀しく、切なく胸に迫りました。

 

 大人は墓を作る子どもの遊びを禁じますが、兵士ばかりでなく無辜の市民たちが虫けらのように殺されている大人たちの戦争こそ「禁じられた遊び」ではないのか、と訴えています。

 

 このような優れた映画を半世紀も前に送りだしたヨーロッパは、クラシックや民謡からアレンジした素晴らしい映画音楽も残しており、文化の奥行きと成熟が感じられ、混迷を深める今にあって、時代に流されない生き方を多くの人が真剣に模索しているように感じられます。

 

 これまで世界の正義を標榜してきた米国に追従し、ひたすら富を求めてきた経済至上主義の日本人が、これからの生き方として学ぶべきものが多いように思います。

 

【日本人の心の変化】

 冬季オリンピックの女子モーグルで、上村愛子選手が4位に終わりました。 期待が大きく、その重圧は大変なものだったと想像され、本当に残念でしたが、取材陣の中にメダルを逃がしたための情報価値下落をあからさまに表情に出した 記者が多かったことが、もっと残念でした。

 

 彼女が泣き顔から笑顔に変わったのは、実に4回目の大会を通して見守り続けた母、圭子さんが選手通路に駆けつけたのを見つけた瞬間だったと報道されていますが、そのような機微を捉えて読む人の心を和ませた人間味のある記者がいたことが嬉しく思いました。

 

 母「満足しています。私にとっては1番ですから」。娘「お母さんは思い切ってやったことを分かってくれたと思う」。 この短い言葉に日本人が失いかけている大切な心が凝縮されているように思え、いい母親だなあ、上村選手は幸せ者だなあと思います。

 

 2月14日朝日新聞の教育欄「あめはれくもり」に『お兄ちゃんを見習って一流大学に行けるように頑張れ』と言われて学校を休むようになった生徒がいるこ と、周囲の接し方で『自分は大事にされている』と子どもが思えるようにすることが大切である、と高校の先生が説いています。

 

 この日(バレンタインデー)の朝日新聞には生き方を示してくれた「贈り物」が多く、「おやじのせなか」の内田勘太郎さんの父親は、戦後シベリア抑留から生還して、鉄工技術を習得した後に鉄工所を興し、経営した鉄工所が傾いても気にせずに悠々と生きた人だったようです。

 

 生活欄「ひととき」の『夢の中の母』には、明るく、楽しく、常に前向きに生き、病を嘆かずに、これが自分の人生、と言い切った母親が紹介されています。

 

 21日の「おやじのせなか」には俳優小日向文世さんの父親が紹介されていますが『人間は平凡が一番なんだよ』という素朴な生き方に共感を覚えました。

 

 私は、これらの父親・母親に学ぶことが多く、足元にも及びません。

 

 どうも1930年代以前に生まれて戦後の激動期を体験した先達は、本質的なブレない生き方、信念を持った生き方が身についたらしく、大まかに1940年 以後2000年生まれ位までが経済至上の「比較世代」で、いつも何かに追われているような生き方を余儀なくされたようです。

 

 日本もこれからは「比較」ではなく、本質的な生き方が模索されると思いますが、それには自己又は『神』あるいはSomething Greatに恥じない生き方が求められるでしょう。(続きます)

カテゴリ:私の時代認識