コラム

22.私の時代認識4

2010年01月25日

【草食系男子】
 今の若者を「草食系男子」と表現することがありますが、言い得て妙、と思います。



 恋愛や金儲けに積極的でなく、覇気が感じられず、周囲に優しく、営業などの旺盛なエネルギーを要する職種は避けたがり、事務や作業は黙々とこなし、イン ターネットやケータイに熱中する傾向がある若い男性のことで、ある調査で「自分は草食系男子だと思う」と答えた若者は4人に3人という比率で、その多さに 驚くとともに、頷ける気もします。



 親からは、幼稚園や学校で競争に勝つことを期待され、勉強に励んだものの社会の現実を知り、真面目に働いても将来に大きな期待が持てそうになく、無意識に「無理せず、人に迷惑をかけず、最低限の義務は果たして静かに生きよう」と思っているのではないでしょうか。



 (財)日本生産性本部が企業の新入社員意識調査を毎年2回実施していますが、「食べていけるだけの収入で十分だと思うか」の設問に「そう思う」の回答が年々増加して、2009年秋にこれまでの最高で47%となって「そう思わない」の53%に肉薄しています。



 そのような若者を「情ケナイ」と言う人もいますが、私たちが形成した家庭や社会が彼らをそのように育てたのであり、彼らの生き方は現状に対する答えである、と受け止めるべきだと思います。
 このような状況は資本主義社会においては不都合であり、日本の先行きが案じられますが、その多さから見て、そのような生き方や意識がこれからの社会を形成することは間違いないでしょう。



【競争社会の結果】
 「勝ってくるぞと勇ましく」戦争に突入して敗戦を迎え、高度成長期の「企業戦士」は事業計画書に他社との競争に勝つための「戦略や戦術」を盛り込み、競 争相手に打ち勝つことが会社を発展させる条件と思い、外国との競争に勝つことが日本を豊かにすると信じこんでいました。



 一世を風靡した長嶋茂雄選手現役引退時の「わが巨人軍は永久に不滅です」には、一分野の一組織を絶対なものと見た思い入れがありました。 時代を共有し た団塊世代もひたすら忠実に働き、その後に登場した新入類も概ね競争社会に疑問を呈することなく「戦い」に臨んできました。



 今、日本を覆っている閉塞感は、安定した生活を目指し、営々と働き、家庭を守り、子どもを育てて、夢が持てる社会を次代に引き継げることを願ってきた国民が「一体なんのために頑張ってきたのだろう」という疑問を感じて戸惑っている現われだと思います。

 健康や生活に不安を抱えた人、孤独感に襲われている人はその思いが一層強いと推測されます。



【資本主義と欲望】
 中世から19世紀までは産業革命を進めたヨーロッパが世界をリードし、20世紀は米国が突出した時代でしたが、次には長い雌伏を経た中国を先頭にしたア ジアが隆盛すると見られますが、人々が幸せになれるかどうかは、米国や日本が辿った二の舞となるかどうかにかかっています。



 「許しと愛」を説く新約聖書を戴いているキリスト教徒が、十字軍遠征、大航海時代、植民地政策を通じて、戦争、強奪、奴隷使役、他民族迫害やせん滅を行い、つい最近ではナチスのホロコースト、米軍の原爆投下などの残虐な行為がありました。



 敬虔なキリスト教徒のコーカソイドにとって、宗教に背く行為は何によったのか不思議でした。
 「資本制の搾取」は許されると思ったか、彼らこそ唯一の正義であると思ったのか、あるいはモンゴロイドとネグロイドへの人種観や他宗教への偏見が作用していたかも知れません。

 ある株の会社の経営者の身内がインサイダー取引で逮捕されたことがありました。資本主義社会では楽をして儲ける一方で、懸命に働いているのに生活に苦し む人がおり、バブル景気では株や不動産で儲けた(と皮算用した)企業も銀行もバブルがはじけて致命的な損失を受けました。



 グローバル資本主義は、途上国の安い労働力で利潤を上げる仕組みを作り、消費を煽って景気を刺激しました。  資本主義は欲望を際限なく膨らませないと 持続できない仕組みなのか、ヒト本来の欲望からか、どう考えても無理があったプライムローン破綻で一気に不況に突入しましたが、EUでは農・林・漁業を地 道に育てて成熟した社会形成を進めたために大きな難を逃れています。



【本質から外れた結果】
 世の中には道理や摂理に反することが一時的に通用することや隆盛することはありますが、やがて廃れるものです。



 私が依拠した漁業分野では、1970年代まで、遠洋漁業が隆盛でしたが、200浬時代到来とともに締め出され、大手漁業会社が漁業から撤退して水産物輸入に力を入れ、遠洋漁業に漁具を供給していた漁網メーカーが倒産・解散・業種転換などで退場して行きました。



 日本は、沿岸漁業振興を図るための海の保全と資源培養推進が急務でしたが、対策が後手に回り、汚染・埋立て・護岸・採砂などの影響で、最盛期1200万 トンの漁業養殖生産量が僅か10年で半減してしまいました。  最近は温暖化の影響も見られ、日本の魚介類と漁業がピンチです。



 漁網メーカーで水産物商社でもあったA社は、底引漁法技術に優れ、海外(日本の会社が操業)を含む遠洋底引漁業にトロール網・ワイヤ・金具等を納入して業績を上げていましたが、80年以降に200浬の影響を受けて業績が悪化し、94年にリストラを行いました。



 トロール漁業は非常に効率のよい漁法ですが、チェーン・鉄板・鉄球がついた漁具を引き回すので海底を傷めつける致命的な問題がありました。 しかも、遠 洋漁業は外国の沿岸や沖合で操業する実態があり、二重の意味で問題を抱えていたのですが、その分野の一企業に依拠する人間として、ひたすら、価格が高い魚 をできるだけ多く獲ることに没頭していました。



 私は1970年にA社の営業員として富山県に転勤し、遠洋サケマス漁業の仕事の傍ら、スキューバ潜水を体得して定置網技術を習得したことから86年に研 究室に転勤して、沿岸漁業に重点を移す会社方針に沿ってそれなりに仕事に邁進したつもりですが、下降期に入った企業の衰退は非常に速く、94年のリストラ で退職しました。



 当時、社員よりも確度が高い情報を広く入手できた筈の上層部は、なぜ底引漁法と200浬問題の本質を捉えて、経営的・資金的に余力があった段階で早めに 対策を講じなかったのか、という点で疑問を感じますが、上司よりも後まで残る私たち社員こそ日々の業務に埋没するだけではなく、本質を見極め、企業を存続 させるために真剣に考え、声を上げるべきであった、と考えています。



 会社からリストラを知らされた時に、会社が至った経緯を分析し、対策(本質的な資源培養事業推進など)を提言しましたが、社内は退職する者と残る者の損 得勘定や異動の話などで騒然とし、上司は「残るも地獄、去るも地獄」という話をするだけで確かな方針を示せず、工場従業員に加え、全国から希望退職者が続 出して、会社予定以上の、従業員の4割強の社員が退職しました。



 漁業とそれに関わってきた企業の盛衰を振り返って見ると、「本質的にダメなものはやっぱりダメだった」という結論に至ります。



 今の日本には、どうすれば安定した社会が形成でき、国民が安心して生きることができるかという点で、本質を見極めることが最も大切だと思います。
 そうすれば、この混沌としている国の進むべき方向が見えてくる筈です。(続きます)

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