コラム

21.私の時代認識3

2010年01月19日

【「民主党」の「民主主義」という課題】

 オバマ大統領は時代が選択し、民主党政権は時代=国民が強く望んで実現しました。
 「オバマ演説」は喪失感に覆われていた米国民に希望を与え、民主党政権の「政治主導」はこれまでの政治や経済の混乱で方向を見失っていた国民に大きな期待を抱かせました。

 それが僅か4ケ月の間に、政策のぐらつきと幹事長に牛耳られたような党運営を見せつけられ、小沢一郎氏の政治資金問題で公設秘書の逮捕、強制捜査、元秘書の衆院議員の逮捕と続き、この政権がいきなり正念場を迎えた印象があります。


 
 成熟過程にある今の日本では「民主主義」が最も重要なキーワードだと考えられ、国民が主権を保持し自ら権利を行使する民主主義に適うか否かを、常に為政者に問う筈です。


 江戸時代から現代まで、「お上」や「役人」は民に情報や見通しを伝えないのが常道でした。
民主主義社会では議員は国民に選ばれ、役人は公僕という立場ですが、その地位が安泰になって権力を握ると、自分のみに能力と権力があるような錯覚に陥ってしまうことがあるようです。



 1月16日の民主党大会で小沢幹事長が挨拶をしています。 その中で「民主主義」という言葉が実に6回も使われ、「民主主義の確立のため・・・」と呼びかけていますが、国民こそ本当の意味での民主主義を強く望んでいるのです。


 多くの課題を担っている党の重要な大会で、十分な議論や意見交換がなされたとは思えず、幹事長の問題について民主的で確かな選択がなされたとは報道されていません。   
伝えられる幹事長の経歴や強引な手法、それに追従する党を国民が支持するでしょうか。



【年金問題の重大性】

 日本を覆っている閉塞感に年金問題が大きな影響を及ぼしましたが、この問題でも民主主義とは相容れない様々な事件が起き、現在も重要な課題が火種として燻っています。


 年金で生計を守っている世代は年金の有難味を痛感していますが、政治家にも現役公務員にも年金問題の重大性を理解していない人が多いように思われ、そのことが重大だと思います。 


 ヒトは誰も他人の痛みを感じず、他人の悩みに鈍感ですが、政治家や公務員は自分を厳しく律して、常に国民の状況に配慮しながら職務を進めないと国の基本が損なわれてしまいます。

 

 社会保険庁のズサンな年金管理・不祥事・不正は、人間はここまで無責任で卑怯なことができるのか、という問いを突き付け、国民を失望させ、生活不安を一気に醸成させ、公務員への信頼を地に落としました。  しかし、多くの公務員はどんなに残念に思ったことでしょうか。


 処分された者は500名以上に及び、組織ぐるみの公金詐取と言える労組のヤミ専従問題では背任容疑で40人が刑事告発されましたが、結局09年2月の起訴猶予処分で幕が閉じられ、罪を犯した者のほとんどは刑事責任を問われない結果となりました。

 

 そして、社保庁の事件から、公務員の共済年金は「3階建て」と言われ、国民年金・厚生年金の上に、職域加算という割増給付部分があり、官民格差を設けていることが明らかになりました。


 公務員の共済年金の掛金の半分は税金から支払われているもので、問題視された職域加算の扱いは今後の年金制度一本化の際に委ねられるようですが、このような「自分さえよければ」的なやり方は日本人が最も嫌う不公平(=不平等)なもので、庶民感情を逆なでするものです。


 
 不祥事、不正、我田引水的な制度は最近のものではなく、以前から継続されてきたもので、社保庁の問題では不正の責任を問われた人が「運が悪かった」というコメントを残したとのことで、内部にしか通用しない論理がまかり通っていたようです。
日本人は「自由・平等・博愛」の内、「平等」を最も重んずる人種で、理不尽な格差は強固に排除する行動に出ますが、現在は選挙という行動でそれを示すことができます。

 民主党は年金問題を国民に開示して厚労省・社保庁に強く改善を迫った功績が大きいと思いますが、まだ不平等感・不安感への対応が不十分であり、これからの運用の中で、民主主義の基本を忘れずに年金制度の改正と存続に一層の努力を続けていただきたいと思います。

 


【年金制度の課題】

  2009年度上半期(4~10月)の国民年金保険料納付率(納付免除や猶予を除外した計算値・・除外しない時はさらに低い)が2008年度通期約62%に対して58%に下落しています。
 その原因を厚労省は社保庁問題と加入者の収入減としていますが、もう一つ、長期に影響するもっと大きな解決すべき要因があります。それは年金の負担と給付の問題です。

  納付率は若年層ほど低いと言われますが、それは若い人たちが年金受給年齢に達した時に本当に貰えるだろうか、生活できるだろうか、年金制度自体が残ってい るだろうかという懸念からくる当然の反応であり、年金の根本である納付と給付の問題を解決しないと制度崩壊によって国の基盤を揺るがす事態になることが予 測されます。

 04年制度改正は、納付と給付の見直しで100年の大計ができたと言われ、厚生年金の場合で、現役世代収入の13.58% (労使折半)だった負担率を、04年から毎年0.354%引上げて2009年に15.7%、最終の2017年に18.3%として収入部分を増やし、給付額 をモデル世帯(夫が勤務・妻が専業主婦)の場合で現役世代の手取り給与の59%から漸減させて50%に抑えて年金財源からの支出を減らすとしたものです。
 
  年齢構成の変化に伴う現役世代20~64歳と65歳以上の高齢世代の比率動向について、統計の中位推計の人口構成から拾った(現役世代/高齢世代)率の概 算値は、1980年(10)で高齢世代1人を現役世代10人で支えていたのが、1990年(7)、2000年(3.6)、05年(3.1)、10年 (2.6)、15年(2.2)、20年(2.0)、30年(1.85)、40年(1.55)、50年(1.4)で、2020年には2人で1人を背負うこと になります。

 04年改正に基づく負担と給付は、現役世代収入の18.3%納付(個人1/2負担)で現役世代収入の50%を高齢世代が受 給するもので、①納付と受給の時間差による現役世代収入の増額をゼロとみる②積立金運用損益をゼロとみる③他の増減をゼロとみる、という条件での単純計算 では50÷18.3=2.73・・・現役2.7人で高齢世代1人分を拠出できることになります。
実際には、現役世代が年金を受給する年齢までの時間差(平均23年前後)があるので、その間の見掛の収入増をみて、これに運用損益を加えた収入部分を仮に1.35倍の増額とみた場合は、2.7÷1.35=2.0で、現役2人で高齢世代1人分を負担できる計算になります。

 この場合、現役/高齢世代比率が2.0になる2020年までは積立財源が減少しない時期で、それ以降は2.0を割るので財源を切り崩すか、負担・給付の見直しをすることになります。
国民年金と厚生年金の積立財源は、2008年末の運用損益が▲9.4兆円で残高120兆円、09年は運用損益が▲2兆円の予想で残高118兆円となります。
 尚、2001年~07年の運用損益累計は黒字でしたが08年の運用損失で通算プラマイゼロ、09年は運用損益赤字で9年間通算も赤字予想で、ここにも世界不況の影響が出ているようです。

 厚生年金の給付額は平均的手取り年収だったモデル世帯(夫:40年付保・妻:専業主婦)で月額23.3万円ですが、給与が低かった人はこれより低い訳で、国民年金だけの場合の40年付保の夫婦2人の給付は13.2万円/月で、年金だけで現在を生きるには厳しい状況です。



【若者が老後の安心を感じられる社会を】

  少子高齢化は年金・教育・医療・介護などのあらゆる負担が現役世代の肩に掛かってくるもので、さらに格差による収入減が加わり、国民年金納付ができない人 も多い現状ですが、これから現役世代を長期に構成していく若者こそが将来を託せる社会にすることが最優先の課題だと思います。
 このような将来に関わる問題は、子どもたちや若者に意見を聞く必要があり、高齢者にもできるだけ情報を伝えて、多くの議論の上で民主的な判断と選択をすることが求められます。

  魚群は成魚でも稚魚の時でも、危機に遭遇すると瞬時に分散して群としての情報を集め、安全な方向を察知して種の維持を図るという優れた能力を持っています が、ヒトも情報によって進むべき方向を考えて生き方を決める動物であり、将来の不安に自衛本能が働き、結婚をためらったり、子どもを作らなかったりしてい ることが社会現象として広がっているように感じます。


 まず老後の安心を守り、それを次代の人たちに示すことが不可欠であり、生活力・生命力が最も弱くなる老後に安心が得られれば、ヒトは本能的に子孫を残そうとする筈です。(続きます)

カテゴリ:私の時代認識