コラム

15.魚の味:富山湾の魚2

2009年10月15日

 定置網は海面に浮いているフロートから海底の土嚢(基礎)の間を100本前後から大きいもので千本以上の碇綱が張られ、各部分の網は海底に達しており、水中の眺めは実に荘観で、水面上で見る風景とは全く別の世界がそこにあります。

 

 初めて海の中の定置網を覗いた時、壮大さに圧倒され、その構造物を海中に張り建てた技術とエネルギーに思わず「うわっー」というような声を出したように記憶しています。

 

 水産関連商社で網メーカーでもあったA社の本社東京から富山県の入善町にあったサケマス流網の修理と仕立を行う工場に赴任して1年経った28才の夏のことです。

 

  定置網に魅せられて富山に居る間にトコトン学ぼうと決め、最も核心に触れることのできる手順として、結婚半年の妻に支給されたばかりのボーナスをそっくり 使わせて貰う許しを得て、10年来の念願だったウェットスーツ・ウェイト・ボンベ・レギュレター・メガネ・ナイフ・時計・水深計の一式を魚津のダイビング 店で買い、2回ほど講習を受けて、すぐに黒部川下流の芦崎海岸を潜りました。

 

 素潜りはそれなりに経験があり、館山の沖の島で地球には空気中の世界の他に海の中の世界があることを知った時の驚きは鮮烈で、以来よく潜りましたが潜水時間は息が続く30~45秒ほどで、深さ1~5mの海の表面を垣間見たに過ぎませんでした。

 

  いつか呼吸を気にせずに自由に潜りたい、と思っていたのが思わぬ転勤で実現し、喜びを抑えながら5m、そして10mほどの所を潜って徐々に器具の扱いに慣 れたところで、海底に沿って沖に向かって真っすぐに進んで行ったところ、「すり鉢」地形のために20m、30m、40mと、どんどん深くなり暗くなってき ました。その内、「深い所には人の倍もある水蛸が住んでいて襲ってくる。」というダイビング店での話を思い出し時に前方の底に大きな影がゆっくり動いたの を見て怖くなり、急いでUターンして波打ち際で水面に顔が出た時には顔が引きつっていたのではないかと思いました。 その後、手当たり次第に湾内の定置網を潜って、観察を繰り返している内に少しずつ網と魚のことが分かってきました。

 

 定置網は、産卵場や餌を求めて海岸線に沿って移動する群や、沖から陸、陸から沖に移動する魚群の進路を遮断して、ネズミ捕りのように出にくい構造の箱網に陥れて、毎朝決まった時刻に箱網を起こして漁獲する日本独特の漁法です。

 

 網を起こすまでは魚は広い網の中で自由に泳ぐことができ、網を徐々に起こして、魚捕りに追い詰めたら一気に取り込んで、暴れる間もなく氷や鉤で締めるので他の漁法以上に鮮度を保つことができます。

 

 魚の習性を利用する漁法、マグロからイワシまで獲れる多様性、高鮮度、大漁時に出荷調整できる構造、燃料が僅かな省エネ操業等の特長で、沿岸の代表的漁業の一つです。

 

【定置網の概念図】

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  定置網は、土台となる土俵(図の※1ケ所当たり重量60kgが100~300ケほど)で固定され、長さ300~1500mほどの垣網(図の①)を辿って行 くと入口②があり、さらに進むと運動場③に達し、ジョウゴ型の昇り④を経て、その先の箱網⑤に陥れる仕掛けで、箱網に入ってしまうと出られない(と考えら れていた)構造になっており、さらに、その先に「金庫」⑦という小型のオトシ網が取付けられようになりました。

 

 定置網の中や周囲を潜って半年ほど経ち、網の構造や魚の行動が分かってきた頃、何人かの船頭(漁労長)に、「網の周囲に来た魚の何パーセント位が獲れていますか」と訊いたことがあります。 答えの多くは「魚は群のリーダーに先導されて行動し、魚体より大きな網目の垣網①を抜けずに、入口②⇒運動場③⇒昇り④⇒箱網⑤と進み、箱網に入ってしまえば出られず、100%とは言わないが5割は獲れている。」でした。

 

 私は『魚はヒトよりもはるか前の太古以来、想像もつかない試練をかいくぐって、したたかに生き延びてきた筈で、知恵比べ的漁法である定置網に遭遇した時に、人間の期待通りやすやすと捕まるだろうか・・・その程度の能力の魚種ならとっくに絶滅している筈。』という思いを強く抱いていました(質問の単位がパーセントの由縁です)。

 

 その実感の一つに定置網の中をいくら探しても「金庫」(図⑦=10×10×10mほど)以外では魚の姿を見ることができないという現象がありました。 その内にそれは、私が網の中で魚を探す前に魚が察知して視界には殆ど現れないことが分かってきました。

 

  富山湾はプランクトンが多いので透明度が低く視認距離10m以下のために遠くまで見通せず、箱網⑤の中を潜水している内に、いつの間にか入口②から出てい て「???・・・」という思いをしたことが何度かあり、さらに観察を続けた結果、海では人間より数十倍も優れた能力と行動力を持った魚が簡単に捕まってくれる筈がない、人間の思惑ほど獲れていない、という考えが強くなり、やがて確信に変わりました。(続きます)

カテゴリ:魚の味