コラム

14.魚の味:富山湾の魚

2009年09月24日

これは、ある海岸線を表した一千万分の一の地図ですが、何処か分かりますか。

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 正解は、日本列島の海岸線をアジア大陸側から見たもので、ロシアでは日本沿岸をこのように表示している地図があり、見る角度でモノや現象がまったく変わって見える一例です。

 

 地図の中ほどにある黒塗りの半島が能登半島で、北海道を上にして見ると分かりますが、能登は日本海に突き出た最大の半島で、輪島付近から先端が東にカギ型に折れ曲がり、北から回遊してくる魚群を誘導する格好になっています。

 

  能登半島に囲まれた海が富山湾で、列島の中央に位置し、寒暖の海流が沖で混じり合い、対馬暖流に乗って北上してきた魚群の一部は湾内に入り、再び北を目指 した群は北海道沖まで行って脂の多い餌を摂り、秋に産卵のために南下を始め、それを待ち受ける形の能登半島に誘導されて富山湾に入って来ます。

 

 富山湾は「すり鉢」と形容されるほど急深で、海底谷が入り込んで起伏が形成され、立山連邦の雪融け水が流入し、海流や風が水を混ぜて大量のプランクトンを発生させ、小魚が群れ、それらを餌とする魚介類が四季を通じて恵みをもたらします。

 

 一方、日本海側の能登半島と富山湾に匹敵するのが、房総半島と東京湾です。

 

 地図を見ると分かりますが、規模的にほぼ同じ位で、どちらも列島の中央で位置的に表裏の関係にありますが、この二つの湾は構造的に正反対です。

 

  富山湾は北東に開いて北から来る魚群を待ち受け、東京湾は南西に開き、世界有数の暖流(黒潮)が入り込み、西方からくる北上群(上り群)を誘い込むのに格好の形をしています。

 

 もう一つの違いが、水深で、富山湾の中心部は1000m以上ありますが、東京湾の入り口となる三崎より奥の湾内は最も深い所でも50m以内で、典型的な「すり鉢」型の富山湾と「平皿」型の東京湾という対比になります。

 

 東京湾の西前方にある相模湾も駿河湾も湾奥にまで1000m等深線が入っているので、むしろ東京湾が例外的に浅い海であると言えるでしょう。

 

 この地形の相違が東京湾の魚と富山湾の魚の「味の違い」を生んでいるとみてよく、越中の人たちは昔から脂の乗った魚を食べ慣れており、江戸の人たちは脂の少ない上りカツオに代表される淡白な味に親しんできた歴史があるようです。

 

 各地を回った時に、地元の魚を漁師と食べる時に必ず耳にするのが「ここの魚が一番うまい」という言葉です。

 

 その地域の魚はその地域の人々に古くから食されていて、それが脳に刷り込まれているので、地元の魚が一番うまいという話が出るのは当然です。

 

  私は幸い、東京湾の魚と富山湾の魚の両方を人一倍食べる機会に恵まれたので、その違いが分かり、両方をうまいと思っているので、「東京湾の魚も旨い」と言 うと、眉をひそめる人もいます。 それはこれまで東京湾が埋立られ、汚水がタレ流され、死の海寸前まで傷めつけられたからですが、今回は東京湾の魚を保留して、富山湾の魚に話題を絞りま しょう。

 

 富山湾など、北陸の魚の旨さを説明する時に「日本海の荒波が身を引き締める」という人がいますが、富山 湾は冬の北西風を能登半島がシッカリと防いでいるので、それほど時化る訳ではなく、湾奥の新湊・氷見では冬でも凪が多く、春から夏は台風以外で大きく時化 ることは殆どなく、「日本海の荒波」という表現は適当ではありません。

 

 むしろ、富山湾では冬期の温和な条件を活かし越中式定置網が発達してきました。

 

 およそ100kmの海岸線に大小100以上の定置網がビッシリ張られており、入り込んだ魚が逃げる隙間もないほど定置網が張り巡らされていますが、それぞれの網の経営が成り立っていることは、それだけ海の気象条件に恵まれ、魚が豊富であるからです。

 

  定置網は大きいもので、垣網の長さが1000m以上あり、最後に起こす箱網(袋網)が学校のグランドほどあり、ごく小さいもので垣網の長さが150mほど で、毎日起こす(操業する)箱網の表面積が畳300枚分ほどあり、各部分網は海面から海底までを塞いで設置されていて、相当に大きいものです。

 

  定置網は水面上で見ても大きいものですが、水中を見るとそれぞれの網は海底まで達していて水面から覗くと真直ぐに海底に向かっており、浮子(アバ:フロー ト)から海底の土嚢(基礎)の間をごく小さいもので100本ほどから大きいもので数千本の碇綱が張られ、その眺めは実に荘観です。
〔続きます〕

カテゴリ:魚の味